スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

How are you ??? 2

カオリN4-25 043補正・縮小

「彼女」のお母さんもやはりお嬢様だったらしい。
「私、お勤めしたことがないから、お仕事するのはここがはじめて。」と、彼女のお母さんは言った。
たまに一緒に仕事をしたけれど、「いらっしゃいませ~~~。」と、雅な声で、はずかしそうに嬉しそうに言っていたことを今でもよく覚えている。
厳しいけれど、どこかわがままでかわいい少女のようなお母さんだった。
彼女はいつも言った。
「あの人 (お母さん)はB型やから。ことごとく衝突するねん。」彼女はA型だ。
たいていの場合、子どもが成長してくると、血液型にかかわらず衝突するものなのだろうが、彼女いわく、「どうも合わん。」
社長になりたいような娘に、お嬢様を強要し、お稽古事、お行儀を叩き込んだのだ。中学から私立に通わせ、短大卒業後は「お仕事なんかしなくてよろしい。」と、就職に反対。家事手伝いでもしていればいいと言っていたらしい。
当然ながら彼女がそんなことに従うはずもない。美術部で絵を描くことにも長けていた彼女は、某テレビ局の文字放送の製作部に勤めることになるのだが。
そして、社長になるべく行動も開始。
駅前でフランチャイズのケーキ屋をお父さんに頼み込んでオープンさせた。お父さんに頼んで・・・の部分はやはりお嬢様なのだけど、それ以外は彼女の資質のなすところ。
もちろんお母さんは大反対だったのだろう。すったもんだしたのだろう。でも、やるといったら聞かない彼女はずんずんと行動する。
そんな娘をみて、お母さんも少しずつ変わってはきたのだと思う。
だからこそ、お店に来ては、「いらっしゃいませ~~~。」と少女のように嬉しそうに仕事をしたのだと思う。お嬢様は娘に「仕事」の楽しさを教えてもらったのだ。

しかしこう言ってはなんだが、ほんとうにありえないくらいケーキ屋の時給は少なかった。だが、それ以外のところ、例えば、誕生日には1人々に必ずイヤリングや指輪・・・その歳相応のアクセサリーを選んで贈ってくれたり、バレンタイン、ひな祭り、クリスマスなどの繁忙期明けには、全員での食事会をしてくれた。夏休みには社員旅行と称して一泊で小豆島なんかにも連れて行ってもらった。こういうことは、お母さんの粋な計らいだったようだ。
アルバイトはみんな彼女を長姉にして、まるで姉妹のように仲がよく、みなそろって仕事がよくできた。というよりは、彼女の仕込が絶妙だったのだと。私はここで「仕事=お金」以外のことをたくさん学ばせてもらった。そのことに気づいたのは、就職してずいぶん経ってからなのだけれど。

ところが、彼女のお母さんは実は病弱で、私がアルバイトに入るまでにも何度か入退院を繰り返していたらしいのだが、私が就職してお店を辞めた後、また状態が悪くなり入院、手術・・・となった。
彼女は、テレビ局の仕事、ケーキ屋、お母さんの病院・・・と、めまぐるしい日を過ごすことになる。
彼女は強い人・・・というよりは、強くあらねばと必死だった。そんなに忙しい日々を過ごしていても、「遊びと仕事は正比例する」と言って、忙しくなれば忙しくなるほど遊んだ。多分、そうして自分の中のバランスをとっていたのだろう。
「どうしても気持ちが耐え切れなくなったときには、夜中にビールを一気飲みしてな、布団かぶって好きなだけ泣くねん。ゴーゴー泣くねん。そしたらな、朝はすっきりや。やってみ♪」と、彼女は笑った。
「パジャマは毎日替えたいから。」
「アイロンのあたってないのは着られないわ。」
と、お母さんのわがまま (といっても、これがお母さんの普通)に、キリキリしながら応え、疲れ果て、夜中に泣いては、翌朝にはピンクのコートを着てテンションを上げて、また、周りを明るくして出かけるような人だった。

当時、この大変な状況の中、彼女の結婚話もボチボチと進みだしていた。相手は、△大医学部卒業の△大病院の勤務医。学生のときからずっと付き合ってきた人で、私もよく知っていた人だ。もちろん彼女の家族も大賛成で、なんの問題もなかった。はずだった。
しかし、状況は変わった。
人間、大変なときほど色んなことを感じ、考え、判断力も研ぎ澄まされるのかもしれない。まさに、彼女はこのときそんな状態だったのかもしれない。
「あの人とは結婚しない。」
「別の人と結婚する。」
「もう決めた。」
「これは、私の人生や。」
「自分で決める。」
家族は大混乱。特に、病床のお母さんは、うろたえたらしい。
「お金がなかったら、優しい気持ちでは過ごせない。」
「さんざん贅沢してきたのに、そんなことでやっていけるはずがない。」
「もう、美味しいものをしょっちゅう食べに行ったり、洋服を仕立てたりもできなくなるよ。」
・・・・・・・・・・・・。諸々。
親としては、安泰なほうに収まって欲しいに決まっている。
「何が不満なの !!! 」と突き詰められた彼女。
細かいことは何も言わず、「今までは何でも言うことを聞いてやってきたけれど、これだけはもう、自分でしたいようにさせてもらう。」と宣言。
細かい理由・・・。言えないこともある。何でもかんでも言えばいいというものでもない。そんな思いで、彼女は結局押し通した。
その後、お母さんの入院は長引いていたが、一方で彼女の結婚話も着々と進んで行った。


・・・・・続く

ちなみにこの話は、ここからの続きです。

Trackback

Trackback URL
http://kokokara1.blog69.fc2.com/tb.php/244-b5721a29

Comment

Comment Form
公開設定

profile

カオリ

Author:カオリ
--------------------------
management screen
Link
*
--------------------------
my HP
Breathing*
photos
flickr
fotologue
day by day
slow
tumblr
OSAKA-GA | 大 阪 画
diary
Ring*Ring*Ring


calendar
09 ≪│2017/10│≫ 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
mail to me

name:
mail:
title:
comment:

category
counter
RSS
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。